7 漢方の老舗うらべ今昔物語 編
どんな人だったか石碑で伝わる占部家の先祖、占部三折(さんせつ)の墓碑。漢文で書かれ、実直な人柄や、医師として人々を救ったこと、また豊後の国の広瀬淡窓に学んだこと、明治には推されて、3回連続、県会議員に当選したことが記されています。※のおがた市のフリーペーパー
どんな人だったか石碑で伝わる占部家の先祖、占部三折(さんせつ)の墓碑。漢文で書かれ、実直な人柄や、医師として人々を救ったこと、また豊後の国の広瀬淡窓に学んだこと、明治には推されて、3回連続、県会議員に当選したことが記されています。※のおがた市のフリーペーパー
古地図にも載っているんです薬屋さん、兼、自宅の占部宅は、昔から直方(のおがた)にあり、古地図にものていました。何代もの人々は、ここに居て、薬に携わってきたんだなぁ・・・※のおがた市のフリーペーパーにも掲載されたことがあります。https://www.ura
「光の道」で有名な宮地嶽神社 総本宮に占部大観堂の祖、占部三折(うらべさんせつ)氏の石碑があるときき、行ってきました。宮地嶽神社。あの「光の道」で有名な、おごそかな神社。石碑はのぼりきった左側にありました! 大きい!表は大きく、三折の名前が!裏は、達筆な草書
おうはんがん(黄胖丸) の話占部氏の祖、山名氏は、代々、製薬業を家業としていました。とくに、「おうはんがん(黄胖丸)」という鉄分を補うお薬は、起死回生の妙薬として「九州5大薬」のひとつとして数えられていたとか。★残念ながら、いまは製造されていませんが、明治時代の「商
うらべ家の先祖 うらべ さんせつ今回の旅は「占部」姓の祖となった、占部三折(うらべ さんせつ)氏。製薬で有名だった山名家に生まれ、その数々の功績により、福岡藩、藩主から占部姓を賜りました。地元の神社には、なんと石碑が2つもあるとか!見たい!知りたい!!
寛政二年ってどんな年?西暦では1790年。今から約235年前!日本では江戸時代、中期!「鬼平」が活躍した時代海外では、なんとフランス革命! 長い歴史の中で、人々の健康を支えてきたのですね!のえみさんって?